中山道の宿場町というと、馬籠宿・妻籠宿・奈良井宿あたりが「有名どころ」としてよく挙がります。
でも実際に歩いてみると気づきます。この宿場町たちは、同じ“宿場町”でも生き方がまったく違うということに。
火事で一度失って、「見せ方」で蘇った町。
便利さよりも、「壊さない」と決めて守り切った町。
観光地になる前から、「生活の道」として使われ続けた町。
そして、時代の本線から外れたまま、「暮らしの延長で残ってしまった町。
この記事では、宿場町をランキングで比べません。
代わりに、宿場町を“4人”として見立てて、背景(バックボーン)を知ってから歩くと面白くなるポイントをまとめます。
先に知ってから訪れると、同じ町並みが少し違って見えてきます。
「あ、なんかわかるかも」──その答え合わせを、現地で楽しんでもらえたら最高です。

同じ中山道、でもまったく違う4人
まず押さえておきたいのは、「宿場町=同じような町並み」ではないということです。
馬籠宿・妻籠宿・奈良井宿は同じ中山道にありながら、残り方も、観光地としての育ち方も、町の空気もまるで違います。
さらに今回は、会津西街道の大内宿も加えて“4人”として紹介します。
同じ街道ではありませんが、「残り方の違い」を並べて比べると、一番わかりやすい存在だからです。
ここからは、4つの宿場町それぞれのバックボーンを、短く・要点だけで紹介します。
知識として覚えるためではなく、現地で見比べる視点を手に入れるための下準備だと思ってください。
妻籠宿|「壊さない」と決めた人

- 1968年、住民主体で保存本格化
- 「売らない・貸さない・壊さない」の三原則を共有
- 1976年、後追いで国が重要伝統的建造物群保存地区制度(以降重伝建制度)として制度化
妻籠宿がすごいのは、町並みが残っているからだけではありません。
「残す」と腹をくくった、その決断がとにかく早かったところにあります。
高度経済成長期、どの宿場町も近代化や宅地化で景色が変わっていく中で、
妻籠宿は全国でも早い段階から「町並み保存」の道を選びました。
そこで掲げられたのが、有名な合言葉、
「売らない・貸さない・壊さない」の三原則です。
観光で潤うことよりも、
まずは町の姿そのものを守ることを優先する。
それは、経済面でも生活面でも、簡単な選択ではありません。
それでも妻籠宿は、便利さや効率よりも「この景色を未来に残す」ことを選びました。
だから歩いていると、観光地でありながら、どこか張りつめた静けさを感じます。
この背景を知ってから訪れると、
目の前の建物が「たまたま残った」ものではなく、「守り続けられてきた」ものに見えてきます。

便利より、この景色を選んだだけなんだ
行く前に、所要時間や歩き方だけ押さえておくと、当日の歩き方が楽になります。

馬籠宿|遅れて気づき、前に出た人

- 1895年・1915年、二度の大火で町並みの大半を失う
- 戦後しばらく、宿場町としての方向性を見失う
- 1970年代後半〜導線整備が本格化
- 観光を軸に町を再構築する道を選択
馬籠宿は、今でこそ中山道を代表する観光地のひとつですが、一度すべてを失った宿場町でもあります。
明治時代の大火によって町並みは焼失し、かつての姿はほとんど残りませんでした。
その後しばらく、馬籠は「宿場町としてどう残るか」を決めきれずにいました。
そんな中で大きな転機になったのが、隣町・妻籠宿の保存が評価されていく姿です。
「あの町が残れるなら、うちもできるはずだ」
そう考えた馬籠宿は、観光地として“見せていく”方向へ大きく舵を切ります。
坂道を活かした景観づくり、土産物屋の並び、歩いて楽しい導線。
馬籠宿は、遅れて気づいた分だけ、前に出る選択をした宿場町だと言えるでしょう。
この背景を知って歩くと、馬籠宿では自然と「どう見せようとしているか」に目が向きます。
それは決して悪いものではなく、馬籠宿が選んだ、ひとつの生き方です。

失ったなら、もう一度つくればいい
行く前に、所要時間や歩き方だけ押さえておくと、当日の歩き方が楽になります。
奈良井宿|ずっと使われ続けてきた人

- 明治以降も、生活と商いの道として使われ続けた
- 暮らしが続く中で、保存の体制が後追いで整った(1978年)
- 結果として、日常の延長線上で町並みが残った
奈良井宿は、中山道でもっとも長い距離をもつ宿場町です。
その長さが示す通り、ここは観光地になる前から、生活の道として使われてきた町でした。
高度経済成長期に入るまで、
奈良井宿は「残そう」と意図して守られてきた町ではありません。
それでも長く、人が暮らし、商いをし、使われ続ける町であり続けました。
意図的な保存の動きが本格化するのは、
昭和40年代に入ってからのことです。
それまでは、宿場町としての役割を淡々と果たし続けてきたにすぎません。
だから町を歩くと、
観光向けに整えすぎていない建物や、
今も使われている家屋や店、生活の痕跡が自然と目に入ります。
奈良井宿は、派手さのある町ではありません。
それでも、いなくなると困る存在のような、地に足のついた空気があります。
この背景を知ってから歩くと、奈良井宿では「保存されているか」ではなく、
どこが今も使われているのかを探すのが、少し楽しくなってきます。

観光地になる前から、生活の道だったのさ
行く前に、所要時間や歩き方だけ押さえておくと、当日の歩き方が楽になります。
大内宿|残そうとせず、残ってしまった共同

- 1967年、外部の視線をきっかけに町並みの価値が意識され始める
- 1981年、暮らしの延長で残っていた町並みが制度化される
- 近代交通から外れ、生活の形が長く変わらなかった集落
大内宿は、馬籠・妻籠・奈良井とは、少し立ち位置の違う宿場町です。
中山道ではなく会津西街道にあり、近代の交通網から外れた場所にありました。
鉄道が通らず、大きな開発も入らなかったこと。
それは不便さでもありましたが、結果として、近代化の波を正面から受けなかった理由でもあります。
昭和40年代に入ると、
外部の人たちの視線を通して、この集落の風景が「特別なもの」として意識され始めます。
ただしこの時点でも、町として「保存」を掲げて動いていたわけではありません。
大内宿は、早い段階で「保存しよう」と決めた町ではありません。
観光地を目指して整備したわけでもなく、人々はただ、ここでの暮らしを続けてきただけでした。
茅葺屋根の町並みは、
「残そうとして残った景色」ではなく、
暮らしの延長線上に、今も続いている景色です。
だから大内宿を歩くと、
観光地でありながら、どこか集落としての空気が残っているのを感じます。
この背景を知ってから訪れると、
建物を眺めるというより、「今も続いている暮らしをそっと覗く」ような感覚になります。

学者が何に驚いて通ってたのかしらんよ。ただ暮らしてたんじゃから
行く前に、所要時間や歩き方だけ押さえておくと、当日の歩き方が楽になります。

背景を知ってから歩くと、宿場町はこう見える
馬籠宿・妻籠宿・奈良井宿・大内宿。
町並みだけを見れば、どれも「昔の宿場町」に見えるかもしれません。
でも、それぞれのバックボーンを知ってから歩くと、
自然と見るポイントが変わってきます。
馬籠宿では、どう見せようとしているのかに目が向きます。
坂道の構図、店の並び、写真を撮りたくなる場所──
「前に出る」ことを選んだ町の工夫が随所にあります。
妻籠宿では、あえて変えていない部分が気になってきます。
なぜここは壊されていないのか。
その裏にある「決めた覚悟」を想像しながら歩くと、空気の張りつめ方が違って見えます。
奈良井宿では、今も使われている痕跡を探すのが楽しくなります。
観光向けではない家屋や店、生活の延長として残る景色は、
「使われ続けた町」だからこそ見えるものです。
大内宿では、観光地というより集落としての視点がしっくりきます。
茅葺屋根の並びの奥に、
今も続く暮らしの時間を感じられるはずです。
同じ「宿場町」でも、
選んだ生き方が違えば、見え方もまったく違う。
それを実感できるのが、この4つを見比べて歩く一番の愉しみ方です。
まとめ|宿場町は「どれが一番」ではなく「どう生きたか」
中山道の宿場町は、よく「三大宿場町」や「有名どころ」として一括りにされがちです。
でも実際には、同じ道を歩きながら、それぞれまったく違う選択をしてきました。
見せることを選んだ町。
壊さないと決めた町。
使われ続けた町。
そして、残そうとせず残ってしまった町。
どれが正解で、どれが優れているという話ではありません。
それぞれが、その時代、その場所で、自分なりの答えを出してきただけです。
だからこそ、背景を少し知ったうえで歩くと、
宿場町は「古い町並み」ではなく、生き方の違う場所として見えてきます。
写真の撮り方も、立ち止まる場所も、感じ方も変わる。
そんな歩き方ができたら、旅はきっと、もう一段おもしろくなります。
追記|別の道を歩いた宿場町たち

今回紹介した4つの宿場町は、
同じ時代を生きながら、それぞれ違う答えを選んできました。
ただ、中山道やその周辺には、
また別の生き方を選んだ宿場町も存在します。
たとえば、海と都をつなぐ物流の要として栄え、
人と物を動かし続けた熊川宿。
そこには、町を切り盛りしてきた商売上手な女将のような姿が浮かびます。
あるいは、派手に語られることは少ないけれど、
静かに町を支え続けてきた海野宿のような存在もあります。
宿場町は、ひとつの物語ではありません。
道が違えば、役割も、性格も、残り方も変わります。
この続きでは、
「別々の道を行った宿場町たち」をテーマに、
もう少し視野を広げて見ていく予定です。



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